いのちと放射能

■いのちと放射能
 米コロンビア大で分子生物学を学んだ柳澤桂子さんは帰国後、先天性異常の研究に取り組む。「健康な赤ちゃんを初めて抱いて頬を寄せた時の喜びを、一人でも多くのお母さんと分かち合いたい」と思った。
▼実験には放射性物質を使った。遺伝子を傷つける作用があるからだ。1986年にチェルノブイリ原発事故が起きたとき、柳澤さんは誰が一番悪いのか考えた。
原子力を発見した科学者か。原発の考案者か。電力会社か。許可した国か。おそろしさに気づかなかった国民か−自問の末に「放射線が人体におよぼす影響をよく知っているのに何もしてこなかった自分に慄然(りつぜん)とした」という。
生命科学者としての重い責任に突き動かされるように書いたのが「いのちと放射能」だ。がんや突然変異の起こる仕組み、子供に影響が出る理由を丁寧に語りかけるように説いた。
▼福島第1原発事故で放出された放射性物質が、野菜や牛の原乳、水道水から検出された。難病とも闘う柳澤さんは、この事態に誰よりも悔しい思いを抱いているに違いない。
▼<春の日、あなたに会いに行く/きれいな水と/きれいな花を、手に持って>(長田弘「花を持って、会いにゆく」)。亡くなった人の魂と語らうにも<きれいな水>は欠かせない。命を支え、つなぐ清い水と大地と空気と食物。それより大切なものが、この世に他にいくつあろう。
(2011.03.25北海道新聞の卓上四季より抜粋)
(チェリノブイリ原発の後遺症)