函館どっくクレーンの記憶
◎函館港内で威容を誇った、函館どっく函館造船所の2基の大型クレーンが解体されて、3ヶ月が過ぎた。
6月下旬の工事日程が決まると、多くの惜しむ声が聞かれたものだった。先日、当時の記事を読み返し、港を歩いてみた。
1973年と翌年に設置されたゴライアスクレーンは、高さ70メートル、幅110メートルで門の形をしていた。1基の懸架能力は250トン。赤と白のしま模様に塗装された姿は、函館港のシンボルのようだった。30年以上が経過し、老朽化のため撤去・解体されることになった。
作業は、国内最大の能力を持つ巨大な海上起重機船によって行われた。重量2000トンのクレーンを吊り上げて、港の中をゆっくりと移動し、解体場所の地上に運ぶ。
その様子を連日、多くの人が見守った。港内の至る場所に双眼鏡やカメラを手にした人たちがいた。
「今、浮いた」・「少し動いた」。短い言葉を交わしながら、クレーンの最基を見続けていた。そんなことを思い出した。
青函連絡船記念館「摩周丸」を訪れた。サロンの各テーブルには港の写真が置かれている。2基のクレーンが撤去され、一部撮り直しも考えたが、そのまま残すことにしたという。
まちで何人かと話した。「クレーンが消えて、景色が平板になった」と言う人がいた。それだけ存在感があった。
風景の記憶は、今後さまざまな形で語り継がれていくのだろう。
(北海道新聞2009.10.06朝刊の「今日の話題」より)